単焦点レンズの卓越した描写力を一度知ってしまうと、ズームレンズでの撮影が冗長なものに感じられてくる。
たしかに、スポーツや報道といったレンズ交換のできない一発勝負の現場でズームが活躍しているのは事実だし、それ故に各カメラメーカーとも70-200mm域に必ずフラッグシップレンズを用意しているわけだが、のんびりゆったりとストリートスナップを撮っている我が身にとって、それはあまり関係がないことなのである。ただただ軽快に、綺麗な1枚を撮りたい。その至上命題に対して600gを超えるレンズは適しているとは言えない。
私がXマウントのカメラを手にしたとき、真っ先に買った望遠レンズ XF50-140mmF2.8 R LM OIS WR だった。FUJIFILMの誇る 「レッドバッジ」 フラッグシップ望遠ズームレンズである。当時、メーカーの自信に裏打ちされた性能とはどんなものか興味があった。コロナ禍で無人都市と化した神戸のスナップを経て、大寒波に見舞われた横浜・新潟・北海道の吹雪にもこのレンズは耐え、たくさんの思い出を記録してくれた。
XF50-140mmは間違いなく一級品だった。たしかに強烈な手ぶれ補正性能とビシッとした描写は納得のいくものだった。しかし三脚座の付いた重さ1kg近いレンズは、旅行中の持ち運びもカメラバッグから出し入れするのも一苦労で、貴重なシャッターチャンスを逃した回数は幾度にのぼるかわからない。レンズは最高だったが自分には合わなかった。結局手放してしまった。
ちょうど同じ頃、大口径中望遠単焦点レンズ XF56mm F1.2 R をお試し気分で購入した。このレンズは重さは400g台、手のひらに収まるサイズ感が気に入った。東京で撮った換算85mmの写真の艷やかさに見惚れ、その瞬間に私のメインレンズラインナップはXF10-24mm F4 R OIS、XF35mmF1.4 R、XF56mmF1.2 R に置き換わったのである。
きっかけ
望遠ズーム嫌いとさえ言えるレンズラインナップの使い心地は、決して悪いものではなく撮影には概ね満足していた。
そんな私に転機が訪れたのはイギリスへの渡航だった。せっかくならイギリス国内を移動していろいろな都市へ行きたい。一面の草原が広がるスコットランド。一極集中のロンドン。商業の街マンチェスター。再開発された港町リバプール。古き遺構の街エディンバラ。いくつもの丘を超えた先にあるヨーク。時速160kmで走る国鉄の特急列車に乗ればどこへだって行ける。
イギリスの鉄道はすべての要素になんだか味がある。Train Spotterという文化もあり撮り鉄にも寛容。ならばぜひ写真旅の1シーンにしたい。鉄道の撮影には100mm~300mmの程度の望遠が必要だ。さすがにXF56mmF1.2 Rたった一本で挑むのは少し不安に感じた。GOOPASSでなにか1本、望遠ズームをレンタルしよう。そうして手にしたのが XF55-200mm F3.5-4.8 R LM OIS だった。
APS-Cらしさが輝く汎用望遠ズームレンズ
まず注目すべきところは基本スペック。
「F3.5-4.8」 という数字から分かる通り、一般的な望遠ズームレンズより1段程度明るく作られているのが素晴らしい。それだけボケ量に関する選択肢が広がり、暗所でも撮影のチャンスが増える。FUJIFILM XシリーズはAPS-Cのフォーマットを採用しているが、「フルサイズ機のレンズラインナップに見劣りしない」 と無理なく主張できるスペックであることは確かだと思う。
描写力
APS-Cのズームレンズとしては非常に優れた光学性能。単焦点レンズのようなシビれる解像感には及ばないが、光線状態次第でそれにあと一歩で届きそうなくらいの素晴らしい画を叩き出すという印象。被写体の質感をちゃんと表現できるレンズなので、ドキュメンタリーなどの映像記録にも向いていると思う。
下の写真は、イギリス北部・エディンバラの駅で撮影した1枚。国鉄の主要路線から引退し、今はスコットランドの大地で余生を送る特急車両を撮影した。長きにわたってレールの上を駆け抜けてきた歴史を伺わせる金属ボディの質感を丁寧に描写する。
デザインと使用感
フィルター径62mm、質量約580gというサイズ感は握ると程よく手に収まる。デザインも十分に洗練されていて、X-T3のようなカメラともよく馴染む。使っていて特筆すべき不満というものがまるでない。唯一の改善すべき点を挙げるとすればレンズフード。着脱はいちいち渋くて引っかかるし、プラスチッキーな質感はすぐ傷が付きそうだった。
前玉が伸縮するタイプのズームレンズ。200mm撮影時にはそこそこの長さがある。ビヨーンと伸びた状態はカッコいいとはいえないが、この価格帯の望遠レンズにインナーズームを求めてはいけない。レンタル品が届いたばかりのときに気付いたのはズームリングがとてつもなく堅いこと。誤ってロックスイッチでもかけてしまったのかと疑ったくらいには動きが渋かった。繰り返し使っているうちに滑りが改善した。ちなみにXF50-140mmのズームは驚くほどスカスカである。
XF55-200mmとXF10-24mm。両者は発売時期も相まって非常に近しい操作系を持っている。ともにレンズ内手ぶれ補正も搭載していることから、ボディ内手ぶれ補正のないX-T3で動画撮影をするならこの2本をキットにするのもいい。
スイッチは 「レンズ内手ぶれ補正のON/OFF」 と 「絞りリング設定」 の2つ。
絞りリングにロック機構やF値目盛はなく、カラカラと無限に回転する。このようなXマウントレンズ黎明期特有のゆるい絞りリングは、ユーザーからの評判があまり良くないらしい。
他のレンズも見てみよう
FUJIFILM Xマウントには望遠ズームレンズがいくつか存在するので、XF55-200mmと比較してみたい。
・XC50-230mmF4.5-6.7。1型・2型が存在する。Xマウントの望遠ズームでは最も安価なものだが、いかんせん絞りリングがないため人を選ぶ。あまり値段をかけたくない初心者が最初に手を出すにはいいかもしれないが、なんともおすすめしきれない感覚が残る。
・XF50-140mmF2.8。他社の70-200mmに相当するフラッグシップ望遠ズーム。鉄道やスポーツなどの高速被写体を撮りたい人向け。インナーズーム・高速のAF・耐候性などあらゆる面で信頼性が考慮されている。フルサイズほどではないけれど、旅で持ち歩くとじわじわくるような重さがある。当ブログではディスられ気味だが、一度体験する価値はあるレンズ。
・XF70-300mmF4-5.6。比較的新しいレンズ。他社の100-400mmに相当する。XF55-200の後継という見方もあるようだが、焦点距離のレンジからしてそうではないように思う。Eマウントにも70-350Gという似たスペックのAPS-C用レンズが存在している。
・XF100-400mm + XF150-600mm。言わずもがな超望遠ズームレンズである。かなり大型なのでストリートスナップ用途に使うレンズとは言えない。舞台撮影・飛行機撮影・動物撮影・ヘリ貸切空撮をやりたい人にはおすすめしたい。
・MKX50-135mmT2.9。いまいち情報の少ないシネマレンズ。SONYのFS5やFS7を使っているビデオグラファーが、Eマウント版をよく所有しているイメージ。仕様が玄人向けすぎるので、FUJIFILMはSELP18110みたいなレンズを出したほうが良いと思う。XF18-120mmでお茶を濁している場合ではない。
Eマウントがやり残した課題
余談だが、SONYのEマウントのやり残している課題がここで浮かびあがってくる。それは、XF55-200mmのような、明るくて換算80-300mmくらいのレンズを作ることだ。近年α6700やFX30の登場によって、SONYのAPS-Cはようやく勢いが復調したといえる。しかし望遠ズームのラインナップがいまいち揃いきっていない。
たしかに純正のレンズで55-210と70-350Gは存在しているが、前者は安っぽいキットレンズで明らかに画質に不満があるし、後者はどうしても超望遠レンズの焦点域であることから、広角端に制約がある。(換算70-200mmの感覚で使えない)
※現在SIGMAはAPS-C向けに、10-18mmF2.8と18-50mmF2.8を出している。シリーズの続きで「50-135mm F2.8」のようなレンズを出してくれたらいいのになぁと思っている。OS(レンズ内手ぶれ補正)もぜひ付けてください。